- お名前壽 いづみ さん(ことぶき いづみ)
- 年代30代
- 移住した年2014年
農業をしようと思ったのは、父の影響が大きいと思います。父は車の整備工場を営んでいましたが、その傍らサトウキビを育てていて、小さい頃から父と一緒にサトウキビ畑に行っていました。父はいつも楽しそうに畑仕事をしていて、父の笑顔を見るのが大好きでした。今になって思えば、子どもと一緒に畑に行って、それが嬉しかったからいつも笑顔だったんだと。実際に自分が農業をしてみると、「お父さんはこんなに大変なことをして私たち家族を支えてくれていたんだ。」と分かりました。
大学卒業後、2011年に山形県の農業生産法人にまず就職をしました。その後、拠点を東京へ移し、北海道や長野県などに出向き、研修を受けました。島に帰ってきてからは、天城町農業センターで行っている「農業研修生受入事業」を活用し、島の作物の育て方を学びました。島の作物の育て方は、他地域とは全く違ったので驚きました。土の生命力や気候などを活かし、昔ながらのやり方を残していると思います。
一日のスケジュールが思い通りに進められないことです。結婚して子どもを出産する前までは、一日の作業予定がずれ込んでも「夜に電灯を点けて作業すればいいや。」と思えましたが、今はそうはいきません。子育てが優先になるので、子育てと農業の両立はやはり大変だと感じます。
種を撒いて芽が出る、新芽が伸びる、花が咲く、という成長の一つ一つが愛おしく感じます。収穫したものをお裾分けして、喜んでもらえるのも嬉しいです。子どもを保育園からお迎えした後は、保育園からそのまま家庭菜園の畑に行くのが日課コースになっています。子どもと野菜の収穫をして、その日の食卓に並べる。食育という面でも、出産前と出産後では楽しみ方が変わったと思います。
天城町農業センターの「農業研修生受入事業」を活用し、農業研修生として一年間農業のノウハウを学び、卒業後は、町のビニールハウスを2年間無償で借りることができるので、そちらも活用しました。
農業だけでは収入が低かったので、始めてから1年間は、農業と平行してアルバイトをしていました。私の場合は、農業機械は親が使っていたものを借りることができたので、その分の資金は必要ありませんでしたが、やはり金銭面ではかなり厳しかったです。収入が安定するまでは時間がかかるので、きちんとした研修先を見つけること、協力者を見つけること、が重要かなと思います。私は町の研修制度にとても助けられました。また、販売ルートを開拓するのも重要だと思います。口コミなどの人と人とのつながりが確実なルート開拓に繋がるので、人とのつながりも大切にしています。
住所 鹿児島県大島郡天城町西阿木名282番地5
営業時間 島時間
営業日 お問合せください
問合せ yu1n0shima@gmail.com